〜砂糖水を使った量子Zeno効果の観測実験〜
誰でも自宅で出来る実験です。簡単で美しいので是非やってみて下さい。
光の偏光
(詳しくは wiki「偏光」 参照)
光(電磁波)は光の進行方向と直交した二次元平面内で,電場と磁場が振動することによって伝搬していきます.この振動の方向が偏光と呼ばれています.例えば,水平に伝搬する光の進行方向に対して,縦もしくは横向きに振動している光を縦偏光や横偏光(あわせて直線偏光)と呼びます. 水面で太陽光(いろいろな方向の偏光が混ざっている)が反射されるとき, 水面に平行な偏光成分がよく反射されます.これを利用して,この偏光成分を遮断するフィルター(偏光板) をサングラスに用いることによって照り返しを除き,水中をきれいに見ることができます. また,3D映画などにおいて映像が浮き出て見えるようにするためには, 右目と左目で少しずれた画像を見る必要がありますが, 縦偏光,横偏光のそれぞれで右目用,左目用の画像を作っておけば, それぞれの偏光を透過させるフィルターでメガネを作ることによって立体視が可能となります. ここではこのような偏光の性質を用いて,量子力学の世界で知られている 量子Zeno効果を観測する実験について説明します.
量子Zeno効果
(詳しくは 京大北野先生による解説「Zenoのおもちゃ箱」 参照)
量子Zeno効果とは,時間発展している量子系に対して, 頻繁に測定(観測)を行うことによって,その系の時間発展が凍結してしまう という不思議な現象です(「飛んでいる矢は止まっている」= 飛んでいる矢の時間発展を無限に細かく分割すると矢は止まってしまう というゼノンのパラドックスにちなんで,量子Zeno効果(量子ゼノン効果)と 呼ばれています). この現象は,MisraとSudarshanによって理論的に示されましたが[1], 例えば,放射性元素の崩壊などの現象を観測しても時間発展は凍結されず, 量子Zenoパラドックスと呼ばれていました. その後,どのような時間発展を,どのような観測 によって凍結できるか理解されるようになりました([2]にわかりやすい解説があります). そして,Itanoらによって行われた イオンをつかった実験においてこの現象が実際に観測され[3], 量子Zeno効果と呼ばれるようになりました. また,MisraとSudarshanが本来主張していた不安定系における 崩壊現象に対する量子Zeno効果も観測されています[4]. 今では,このような量子Zeno効果は,高効率な量子検査[5]や量子コンピュータ のための演算素子に利用する研究[6]も行われています.
(少し計算の入った解説:4回生の頃に院試の口頭試問用に作った資料
- [1] B. Misra and E. C. G. Sudarshan, J. Math. Phys. (N.Y.) 18, 756 (1977).
- [2] K. Koshino and A. Shimizu, Phys. Rep. 412, 191 (2005).
- [3] W. M. Itano, D. J. Heinzen, J. J. Bollinger, and D. J. Wineland, Phys. Rev. A 41, 2295 (1990).
- [4] M. C. Fischer, B. Guti’errez-Medina, and M. G. Raizen, Phys. Rev. Lett. 87, 040402 (2001).
- [5] P. G. Kwiat et al., Phys. Rev. Lett. 83, 4725 (1999); O. Hosten et al., Nature (London) 439, 949 (2005).
- [6] J. D. Franson, B. C. Jacobs, T. B. Pittman Phys. Rev. A 70, 062302 (2004); B. C. Jacobs and J. D. Franson Phys. Rev. A 79, 063830 (2009).
空気中では,縦偏光は縦のまま横偏光は横のまま伝搬されて行きます. しかし,砂糖水などの旋光性媒質の中を通過すると, 偏光が回転することが知られています(詳しくは wiki「旋光」参照).
まず前段階として,砂糖水を通過する偏光の時間発展(回転) を観測します.
用意するもの:
- レーザーポインタ
- 偏光板(Amazon等で比較的安く入手できます)
- 砂糖水(飽和するまで砂糖を溶かします)
- レゴブロック少々(レーザーポインタなどを固定するのに役立ちます)
実験手順:
- 偏光板2を回転させて透過光の強度がどのように変化するか確認しましょう. また,砂糖水を使った場合に透過光の強度がどのように変化するかも確認しましょう.
実験1において光が砂糖水を伝搬すると偏光が回転(時間発展)することがわかりました. 次に頻繁に観測を行うことによってこの時間発展を凍結する,量子Zeno効果の観測を行います.
- 実験装置の制作法
- ぺットボトルのふたを外し,ふたと底をそれぞれサランラップ でカバーし輪ゴムやビニールテープでしっかりとめる. ←レーザー光が透過する窓になります.
しっかりサランラップでふたが出来たら, 水を入れてみて漏れてこないか確認し,砂糖水を入れる. (ここでしっかりと輪ゴムで止めるなり,ビニールテープで密封しないと 砂糖水がもれてきて,そこら中ベトベトになり,怒られます. ペットボトル側面の溝は要注意.).
- 実験の手順
- 入射光を縦偏光にするために,レーザーポインタの前に偏光板を設置する.
- この状態で,砂糖水を透過中の光の偏光がどの方向を向いているのか繰り返し観測してみましょう. 偏光方向の観測は発泡スチロールに差し込んだ短冊型の偏光板を砂糖水に挿入(発砲スチロールを 砂糖水に浮かべればよい)して行います.偏光板を透過する光は入射光と同じ縦偏光 です.一方,砂糖水との相互作用によって回転した偏光成分は偏光板によって吸収されます. 従って,光が透過した場合は縦偏光,吸収された場合はその他の偏光であるということが この測定操作からわかります.
最終的に,ペットボトルの口から出てきた光は, 砂糖水の途中で何回も観測され,その度に縦偏光であったため辛くも透過してきた光です.
さて,この繰り返し測定を行うことによって,透過光はどうのように変化するでしょうか?注目すべきは,レーザーポインタとスクリーンの間に挿入した 偏光板は光を吸収することはあったとしても,決して光を増幅したり,偏光を回転させたりする能力を持たないということです.以下が,繰り返し測定を行ったときのスクリーンの像です(上:測定なし、下:測定あり).
まず,偏光板2の周りの散乱光は測定(縦偏光ではない成分の光を吸収)のために 弱まります.一方で,ぽつんと真ん中に明るい光の点が出現します. 縦偏光以外を吸収するという測定を繰り返し行ったにもかかわらず,中心の透過光の強度が 高くなります.偏光板は決して光を増幅したり,砂糖水によって回転した光を 逆向きに回転させる能力はありません.砂糖水との相互作用による時間発展で生じた 縦以外の偏光成分を吸収するのみです.
では,なぜ透過光の強度がむしろ強くなったのでしょうか? これは,砂糖水との相互作用による偏光の時間発展(回転) が偏光板による繰り返し測定によって凍結され,その結果,縦偏光のまま光が透過し, 偏光板2を透過したためだと考えられます.これが量子Zeno効果です.
(レーザーポインタから放出されている光にはたくさんの光子(光の粒子) が含まれている古典的な光ですが,それを構成する一つ一つの光子の 振る舞いは量子Zeno効果だと言えます.)
暗闇の中で実際にやってみると,非常に美しいので皆さんも是非挑戦してみてください!
制作者:藤井啓祐 (2011/10)